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筋肉や腱を温存する仰臥位前外側アプローチ人工股関節置換術

筋肉や腱を温存する仰臥位前外側アプローチ人工股関節置換術

はじめに

人工股関節置換術の代表的な合併症として脱臼があります。従来の手術法では股関節の安定性に関して重要な役割を持つ関節包靭帯や筋肉の付着部である腱などの一部を切離または切除していたため、術後には股関節周囲の安定性が低下し脱臼の心配がありました。そのため人工股関節置換術後の患者さんには、しゃがんではダメ、横向きに寝てはダメなど日常生活動作に制限が設けられることが多くありました。しかし、近年では脱臼の危険性を低減するために患者さんの行動を制限するのではなく、手技を工夫することで脱臼の危険性を少なくする新たな手術法が考えられています。そのうちの一つが、現在当院で行っている仰臥位前外側進入法という手術法です。この手術法では股関節周囲の関節包靭帯や腱などを切除せずに温存することで、術後の脱臼の危険性を極めて少なくすることが可能となりました。

 

人工股関節とは

人工股関節置換術とは、軟骨がすり減って骨同士が接触して痛みが出ている股関節を人工物の接触・支持に置き換えることで痛みを改善する手術です。変形した大腿骨頭を切除し、切除した面からステムと呼ばれる金属の支柱を大腿骨内に挿入し固定します。ステムの上にはヘッドと呼ばれる大腿骨頭の代わりになるボール状の部品を取り付けます。また、受け皿となる寛骨臼側は半球状に掘削しカップやライナーと呼ばれる部品を設置します。これにより、これまでは変形した骨同士が接触し痛みを感じていた股関節が、人工物同士の接触に置き換わるため疼痛が改善します。

 

股関節の構造

ここで、股関節の構造について簡単に説明します。
股関節には「短外旋筋群」と呼ばれる股関節の安定性に関与する重要な筋肉があります。この筋肉は股関節の後方にあり股関節が脱臼しないための後方の壁となっています。

また、股関節は関節包靭帯と呼ばれる強靭な靭帯に包まれており、これが股関節の全周性の壁となっています。

人工股関節置換術の代表的な合併症として脱臼がありますが、股関節周囲の筋肉や関節包靭帯のどこをどの程度の範囲で切って、どのように人工股関節を設置するかで術後の脱臼の発生率に差があることがわかっています。

 

手術アプローチ

手術の時に、どこからどのように股関節に進入して人工関節を設置するかという手術の方法をアプローチと言いますが、人工股関節置換術にはいくつかの手術アプローチがあります。代表的なアプローチとしては、股関節の後ろ側から股関節に進入する後方系アプローチと、前側から進入する前方系アプローチがあります。さらに前方系アプローチには前方アプローチと前外側アプローチという2つの代表的なアプローチがあり、当院では前外側アプローチで手術を行っています。

日本では従来から後方アプローチが多く行われてきました。後方アプローチでは短外旋筋群の付着部を切り離して手術を行います。これにより筋肉を大きくよけることが可能となるために、股関節内部が見えやすくなり人工関節を設置しやすい手術法です。
しかし、従来から多く行われていた後方アプローチでは、股関節の安定性に関与する重要な筋肉(短外旋筋群)の一部を切り離したままにしていたり、関節を包み込んでいる強靭な関節包靭帯などの一部を取り除いたりしていたため、股関節の後方の壁が弱くなり術後に股関節の安定性が低下し脱臼する心配がありました。そのため人工股関節置換術を行った後の患者さんには、しゃがんではダメ、脚を組んではダメ、横向きに寝てはダメなど日常生活動作に制限が設けられることが多くありました。

しかし、近年では脱臼させないために患者さんの行動を制限するのではなく、手術の方法を工夫することで脱臼の危険性を少なくする新たな手術法が考えられています。そのうちの一つが、現在千曲中央病院で行っている仰臥位前外側アプローチMIS-THAという手術法です。一般的に後方系アプローチの脱臼率は1~9.5%、前方系アプローチの脱臼率は0~2.2%と言われ、前方系アプローチの方が脱臼の危険性が低いことが知られています。

日本に前外側アプローチが導入された初期の頃は、短外旋筋群の付着部を部分的に剥離し、関節包の前方の一部を切除して手術が行われていました。前外側アプローチは後方アプローチと比較すると手術視野が狭いので、正確に人工関節を設置するために少しでも視野や作業空間を確保する必要があったためです。しかし、前方の関節包を取り除いてしまうと前方の壁が弱くなってしまいます。この問題が解決されたのが仰臥位前外側アプローチMIS-THAです。

 

仰臥位前外側アプローチMIS-THA

MIS-THAとは、Minimally Invasive Surgery(最小侵襲手術)による人工股関節置換術(THA)のことです。最小侵襲手術は従来の手術に比べて皮膚切開は小さくなります。しかし、単に皮膚切開を小さくすることがMISではなく、重要なのは筋肉や腱、靭帯を温存することです。

現在、千曲中央病院で行っている仰臥位前外側アプローチMIS-THAでは、皮膚切開は約7cm、股関節後方に存在する短外旋筋群は切離せず、従来は大きく取り除いていた関節包靭帯も前方の一部をL字状に切開するのみで人工関節設置後には切開した部分を縫合し修復します。この手術法であれば股関節の前方の壁も後方の壁も壊さないため脱臼の危険性は非常に低くなります。

 

仰臥位で手術を行うことのメリット

仰臥位(あお向け)で手術を行うことにもいくつかの利点があります。
人工股関節置換術では全身麻酔をかけた後に患者さんを側臥位(横向き)または仰臥位(あお向け)のいずれかの状態として手術を行います。手術中に骨盤が傾いてしまうと骨盤側の部品(カップ)が予定した角度と異なる角度で設置される危険があります。側臥位に比べて仰臥位では手術中に骨盤が傾きにくいため、カップを予定した角度に設置しやすくなります。

また、レントゲン画像を見ながら手術を行えるため人工関節の設置状況がリアルタイムに確認でき、手術中に人工関節のサイズや設置角度を調整することが可能となり、人工関節の設置ミスを最小限に減らすことができます。手術中に左右の脚の長さも確認しやすいため脚の長さをそろえやすいといった利点もあります。

 

術後の機能回復と筋萎縮

前外側アプローチMIS-THAでは短外旋筋群の付着部を切り離さないため術後の機能回復が早いことが知られています。下の画像は後方アプローチで行われた人工股関節と前外側アプローチMIS-THAの術後のMRIの画像です。MRIで短外旋筋群の一部である内閉鎖筋と梨状筋を調べると、前外側アプローチMIS-THAでは術後も筋肉が萎縮していないことが確認できます。

~内閉鎖筋~

~梨状筋~

 

リハビリや退院、術後の生活に関して

当院では自宅での生活が困らない状態までリハビリが進んだ段階で退院が可能なことを患者さんにお伝えして、退院の日程は患者さんとご家族で相談して決めていただいています。仰臥位前外側アプローチMIS-THAでは筋肉や腱、靭帯を温存するため術後の機能回復が早く、多くの患者さんが手術から2週間前後で退院されます。

 

代表的な術後経過

手術当日:脱臼予防のための外転枕(脚の間に挟む三角枕)不要、側臥位や坐位可
手術翌日:歩行訓練開始
入院中に歩行、階段、床上動作、日常生活動作訓練を行います
術後2週間前後:退院
原則として退院後の生活や姿勢に制限なし(和式トイレ、草取り、脚を組む、ゴルフ、水泳、ボーリング、卓球なども可)

しかし、術前に歩行困難な期間が長く筋力が低下している患者さんや早期の退院に不安を感じる患者さんはもう少し長く入院しリハビリを継続することもできます。術後はゴルフやボーリング、水泳などのスポーツは可能ですが、激しくぶつかり合うようなスポーツは脱臼だけでなく骨折の危険もありますので控えていただいています。

 

人工股関節置換術は痛みを取り除くことに関してとても有効な治療法です。さらに脱臼の危険性が低い手術法であれば、手術した股関節のことを気にせずにその後の生活を送ることも可能です。今回は仰臥位前外側アプローチMIS-THAについて説明しましたが、現在は後方アプローチでも切離した短外旋筋群の修復や部分的な温存を行っている病院もあり、そのような病院では脱臼率は低下しています。患者さんの多くが手術に対して不安や恐怖を感じるのは当然だと思いますが、痛みのある生活を長期間過ごされることもあまりお勧めはできません。人工股関節置換術は手術法も耐久性も改善が進んでいます。治療法に関し医師とよく相談し、ご自身にあった治療法を選択してください。

 

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